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第六回目のテーマは「生きていくための術」
教育ジャーナリストの青木 悦さんとの対話。
   
・・続き8(第四回)
感情を封じていることに気づいて
青 木: 母親自身が、そういうことをするのは自分のわがままなんじゃないかって思っているっていうのはすごくあるよね。
箱 崎 : ああ、なるほど、わがままな気持ちですね。
青 木: 今の人にね。何か、「私のわがままでこうしちゃったから」とかね。
箱 崎: ああ、ありますね。
青 木: 私なんかのころのわがままは、買ってもらえないものを、ギャンギャン泣き叫ぶという種類のわがままが多かったんですけれど、自分の気持ちを正直に出すこともわがままっていうふうに思い込まされている人が多いっていうことは、もしかしたら、私のような目に見える暴力ではないにしても、真綿でくるむような、こう、自由を奪われる子育てっていうのが、今の子育て中の人の親によってされてきたのかもしれないなっていうのは感じますね。
箱 崎: そうですね。すごくいい子に育てられて、自分の感情を押し殺して生きてきた人は、子どもも自分の感情を抑圧しがちなんですよね。
青 木: そうなんですよね。あれは本当に何か、再生産っていうか、何かしんどいよねえ。
箱 崎: 青木さんがおっしゃったように、自分の気持ちがもう、麻痺しているというか、だからこう、危ないとか、怖いと感じる力が弱い人が多い気がします。
青 木: すごく薄くなってるよね。自分の身を守るっていうね。私に言わせれば、それだけ危機感がないっていう。
箱 崎: 青木さんは、母親たちからお手紙をもらって、相談を受けることが多いと思いますけど、今のことと関連したことでは、母親たちにはどういうことをアドバイスとして言っていますか?
青 木: 自分自身の本当の気持ちを、本当の感情を封じて生きているんだっていうことに気づいてほしいんですね。私が『泣いていいんだよ』を書いたときに、それを読んで手紙くれた読者の方の手紙に「自分は体を殴られた記憶はない」と書かれてあったんです。「でも、心は殴られて育ってきたように思う」と。「教育熱心な母親で、塾、お稽古ごとをいっぱい重ねて、どこに行っても私よりできる子がいて、母は一度も満足してくれなかった」と。この「母が満足してくれなかった」ということは、「母は一度も私を受け入れてくれなかった」ということと同義語なんですよね。

だから、そのことに彼女は、この本を読んで気づいてくれて、それですごく自分の中に怒りが湧いてきて、その怒りの後、ゆっくりと自信を回復していったんですよね。その後、ずっとつき合いをしてきたんですけれども、そういう人たちが、程度の差はあれ若い人たちの中にたくさんいる気がします。虐待という形ではっきりと殴られるとか、遺棄されるとか、そういうことじゃない、本当はすごく愛されているようでいて、本当は自分を出すことを封じられてきた人が結構多くなっているのかなってすごく感じます。
箱 崎: はい、そうですね。
青 木: この辺微妙だからね、説明するのもすごく時間がかかるし、書くのも結構大変なんですよ。変に書くと誤解されてしまうし。でも、相談してきた人とはそういうところで話すんですけれどもね。
「虐待」っていう言葉とはちょっと距離があるようですけれども、「子どもを愛している」と言いながら、本当に子どもを大事にすることとはどういうことかは見えていない時代のある種、犠牲者のような気がするんですよね。
箱 崎: そうですね。たぶん親自身も子どものときに、本当には親に大事にされていないからやり方がわからないのでしょうね。
青 木: そうなんです。すごくかわいそうですよ。もう、見ていて、聞いていて涙が出てくるんです。あっこの人、我が子のことを言っているけど、自分のことを言っているんだなって、そう思うことがよくあります。

(第五回へ続く)
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