綿引美香(Mika Watabiki)
『1966年、東京都生まれ。日本大学大学院芸術学研究科修士課程修了後、渡米。 レズリー大学大学院表現療法学部及びメンタルヘルスカウンセリング修士課程修了。 ボストン近郊にて7年間、外来診療所及び市民病院の精神科にてセラピストとして勤務。 レズリー大学大学院表現療法学部博士課程を経て、現在、表現アートセラピー研究所のスタッフとして個人セッションなどを受け持つ。また、都内の企業向けの
カウンセリング、ハートコンシェルジェ
でのメンタルヘルスカウンセリング及び、表現アートセラピーにも従事。昭和女子大学生活心理学研究所・特別研究員、アートセラピー総合企画研究所絵画造形療法講師、ヨーロッパ大学院表現アーツセラピーセラピー・コンサルティング・教育学部博士課程に在籍し、日本における表現アートセラピーの適応性を研究中。)』
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→始まりによせて
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→第2回 表現アートセラピーの魅力と効果
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→第3回 表現アートセラピーの臨床
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→第4回 表現アートセラピーのグループと未来の可能性
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みなさんは表現アートセラピーという言葉を聞いたことがあるでしょうか。「アートセラピーなら聞いたことがあるけど。」「それって、絵を見て分析すること?」「カラーセラピーとは違うの?」私が質問をするとよくこんな答えが返ってきます。
実はアートセラピーも表現アートセラピーの一部に含むのですが、表現アートセラピーではこの「表現」ということに重要な意義をみいだしているのです。表現という言葉には、感情を発散すること、体と感情を解放すること、自分自身を見つめること、自己の気づきを深めること、自己アイデンティティを強くすること、コミュニケーション能力を高めることなどの意味を含めます。
表現アートセラピーとは表現媒体としての芸術行動(絵画、箱庭、コラージュ、彫刻、音楽、ダンス、ムーブメント、詩、演劇)を通してこうした効果などを得ることです。表現アートセラピーというのは、こうした芸術行動を総称しています。
表現アートセラピーの歴史
表現アートセラピーは1970年代から欧米で発達したものです。その代表的な契機とされるのが1973年にボストンにあるレズリー大学でパウロ・クニルとショーン・マクニフが始めた表現療法修士課程(Expressive Therapy Program)の設立です。アメリカでは表現アートセラピーを“Expressive Therapy”といい、略して“EXT”と呼んでいます。表現アートセラピーの創始者のパウロとショーンの基本的な考えとなっていることが、芸術行動とは連動しているものであり、芸術様式をひとつひとつ区分するのではなく、ひとつの様式から様式へと移動していくことが自然ではないだろうか、ということです。
私がレズリー大学の授業で受けていた時に実際に起こったことを例にあげて説明をしてみましょう。
その時私はある友人の死に直面をして、自分の中の悲しみをクレパスを使って絵で表現しました。その後先生の誘導もあり、絵を描くことから体を使ってさらにその悲しみのイメージを展開しました。描画からムーブメントへと芸術様式を変化させていくことは、私の中の悲しみのイメージを表現するのに自然な流れであり、二つの様式を組み合わせたからこそ深く複雑な悲しみを充分に表現できたように思いました。
ここでいうイメージとは、心に浮かぶ場面や映像などの視覚的感覚、音などの聴覚的感覚、あるいはにおいなどの嗅覚も含む五感の感覚要素と、言葉による言語感覚や思考を指しています。私の例から言いますと、自分の中のその友人に対する悲しみに焦点を当てたとき、深い青の色が自然と浮かび、次に青が波のようにうねるような映像が浮かんできました。私はその映像を絵に表してみました。そしてその絵を体で表現しようとすると、自分の体が波のような動きをし始めました。
さらに動きながら体の中に焦点を当てると、友人を看取ってあげられなかった自分への怒りが感じられ、「どうして、自分は何もしてあげられなかったんだろう。」という自分を責める言葉がわきあがってくることに気づきました。それはまるで嵐のような吹き荒れる波のような感覚で、私は体全体を使って表現しました。また、その時に背景音楽として流れていたドラムの激しいリズムは、私の中の波濤のイメージの音と重なり、心の中の怒りを体で充分に表現することを助長してくれました。
私たちは心に浮かんだイメージをじっと深く見つめることにより、そのイメージが単純なものではなく、大きな広がりをもっていることに気づきます。また、自分にとって印象深いものやショックな出来事に対しては、自ら意図としなくても勝手にイメージが膨らみ展開していくこともあります。表現アートセラピーはそのイメージ展開を重視した精神療法です。
自分の中のイメージをより展開させていくために、自分の心の奥底にある本当の思いを芸術という表現媒体に具現化されるために、さらには無意識の願望を芸術という目に見える形に表出するためにより多くの芸術様式を使おう、ということを信条としているのです。
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