綿引美香(Mika Watabiki)
『1966年、東京都生まれ。日本大学大学院芸術学研究科修士課程修了後、渡米。 レズリー大学大学院表現療法学部及びメンタルヘルスカウンセリング修士課程修了。 ボストン近郊にて7年間、外来診療所及び市民病院の精神科にてセラピストとして勤務。 レズリー大学大学院表現療法学部博士課程を経て、現在、表現アートセラピー研究所のスタッフとして個人セッションなどを受け持つ。また、都内の企業向けのカウンセリング、ハートコンシェルジェでのメンタルヘルスカウンセリング及び、表現アートセラピーにも従事。昭和女子大学生活心理学研究所・特別研究員、アートセラピー総合企画研究所絵画造形療法講師、ヨーロッパ大学院表現アーツセラピーセラピー・コンサルティング・教育学部博士課程に在籍し、日本における表現アートセラピーの適応性を研究中。)』
 
  | →第1回 表現アートセラピーとは何か | →第3回 表現アートセラピーの臨床 | →第4回 表現アートセラピーのグループと未来の可能性|  
 
  今回のテーマを始める前に、表現アートセラピーの用語について少し補足をしておきたいと思います。現在欧米では表現アートセラピーすなわちExpressive Arts Therapy は一般的に使われ認知されている言葉です。しかし私が卒業したレズリー大学ではExpressive Therapies と言っています。この用語の使い分けについて専門家の明確な定義はされておらず、二つとも許容されているのが現状です。邦訳では「表現療法」となりますが、日本ではどちらの方が受け入られやすいのか、私自身も迷うところで皆さんのご意見を聞きたいところであります。

 さて、今回は私自身の体験を振り返りながら、表現アートセラピーの魅力や表現アートセラピーにはどんな効果があるのか、をお話ししたいと思います。
表現アートセラピーへの歩み
   私は今まで様々な年齢層の様々な問題や精神障害の治療をおこなってきました。それは経験を重視するアメリカの臨床現場に身をおいていたからということもありますが、クライアントを取り巻く多くの問題や状況についてほとんどの場合において、理解ができたし共感もできたからです。「大概のことは今まで経験してきたから」そういえば、よく知り合いや友人から「腰がすわってるね」と言われるとこう答えていました。

  私の家族関係や家庭環境はかなり複雑だったため、幼い頃から何か他の子どもと自分は違うような感覚を持っていました。それでも小学生までは人並みに幸福感を持っていたようにも思います。中学生になり叔父の死をきっかけに母は精神的に不安定になり、父は事業に失敗をして挙句の果てに癌が再発しました。家庭崩壊に近い状態になり私は叔母の家に預けられるようになったのです。当時の私にはその時の自分の精神状態を理解できるはずもなく、誰も手を差し伸べてくれることもなく、家族の問題はむしろ拡大し、私の心は自然と閉ざされていきました。

  暗い思春期を続けていた自分にある転機が訪れました。演劇との出会いです。高校の部活で演劇を始め私の意識は少ずつ変化していきました。元々幼い頃から日舞や民謡を舞台で披露することに慣れ親しみ、パフォーミングアーツは自分にとって大切な要素だったのです。それが家の問題や受験のために継続ができなくなり、いつのまにかアートに関わる楽しさや喜びを味わうことを忘れ、自分に自信を無くしていました。

  演劇の中で大きな声をだすことで私は再び大きく深く呼吸することを思い出し、自分は今生きているのだと再び感じることができました。それはほとんど生きることを諦めていた私にとってガツンときた大きな衝撃でもありました。その時から私は演劇には癒す力があるのではないかと思い始めたのです。自分が演じている時だけではありません。劇場の中で俳優から紡ぎだされることばに涙を流し、心うたれて感動し、ある種のカタルシス(浄化作用)を経験しました。演劇から生じる感動に私は生きる希望を見出し始め、なぜ感動が起きるのかを追求することが生きがいと感じるようにさえなりました。

  さらにもうひとつ大きな自己の変化となることがありました。それはヨガとの出会いです。演劇をはじめ希望を見出し始めたものの、私のトラウマは根深く自分の感情のコントロールをすることに大変苦労をしていました。そんな折、ヨガを始め、生まれて初めて体と心は一体なのだと学んだのです。体を解放してあげること、大切にして癒してあげることは自分の心まで変えていけるのだと知りました。そしてトラウマというものが自分の体の中に抑圧され、自分の体を長い間痛めつけていたということがわかったのです。ヨガの実践を通して自分の体を本来あるべき状態に整えることの大切さや、体と生命が元来もっている潜在力や回復力を実感することができました。

  そして演劇における感動とbody and mind (心身統一)への興味が私を表現アートセラピーへと導く基礎となっていったのです。

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