| 1 | 2 | 3 |  
 
・・・続き2
  私はアートルームにあるすべてのはぎれ布を持ち出して、はさみと針を彼女たちに渡しました。特に例の二人の行動に私は目を見張りました。二人ともほとんど口を開きませんでしたが、暗黙の了解ではぎれ布を組み合わせ、淡々と縫い始めました。高齢の女性はゆっくりですが確実に、デザイナーの女性のほうはすばやくまさにプロらしくどんどん縫い始めました。
時々、高齢の女性の手が止まる部分はデザイナーの女性が声をかけ手伝う部分がありました。二人とも入院生活者らしい疲れが表情にこそでてはいましたが、黙々と作業する様子はむしろこちらに豊かさを与えてくれているようでした。

  「できた!」完成をした時二人とも声をだし、お互いに微笑み合いました。その時、彼女たちは失った何かを取り戻したかのようにいきいきとした表情をしていました。それからすぐに彼女たちの症状が改善し退院していったのは言うまでもありませせん。
 私は病棟でおこなわれる表現アートセラピーグループではアシスタントをつけず一人で十数人の患者をみることがほとんどでした。内容によっては創作すること自体嫌がる患者もいましたが、そういう時は強制せず、患者同士のコミュニケーションの行方を伺います。多くの場合、「あら、これおもしろいわよ。やってみたら?」と他の患者からの誘いの声がかかります。そうすると案外にその気になって作業を始めるのです。

  いくらセラピストとはいえ、患者の精神状態を全てカバーできるはずもなく、人間関係は患者自身のものであり、彼らのお互いの信頼関係こそが彼らの心の状態に深く影響しているのです。重要なことは互いに労わりの心で癒しあうエネルギーです。それは一人のセラピストよりも大きなエネルギーとなってその場所を包み込みます。

  確かに病院などでは症状の重い患者もいてグループの進行を妨げたり、他の患者に危機感を与えたりすることもあります。それでも、少しでも症状がよくなってきた患者は相手をかばい、自分もさらによくなろうと前向きになるために、グループには癒しへの創造力が浸透し、現実へ適応しようとする力強い気がグループに流れるのです。

  子どもたちも例外ではありません。私はADHD(多動性障害)やPTSD(外傷後ストレス障害)のこどもたちのグループを担当していましたが、お互いに信頼関係が築ければ、互いに助け合い労わりあいながら活動をします。子どもにとっては自然にできることかもしれませんが、遊びやアートによって一旦自我から離れ、創作に集中すると自然なエネルギー交換や純粋なコミュニケーションが成立していくのです。 

  日本でもいくつか表現アートセラピーのワークショップを経験しましたが、グループの大きな力作用や場のエネルギーを感じました。ワークショップという形態ですので、参加者同士が癒すというわけではないのですが、参加者の方それぞれが創作に没頭する過程の中で自然と癒しのエネルギーがその場に発生するのです。同じスペースの中で創作を共におこない、お互いの創作作品を尊重し、反応し共感していくことでそのスペースは大きな渦のようなエネルギーに包まれます。

  それは人間同士のアチューンメントであり、人間が古来よりおこなってきた儀式に共鳴し、新たな世界観をもつようなものと例えてもよいかもしれません。我々表現アートセラピストの大切な仕事とは、人々が安心して豊かな創造的エネルギーの交流ができる場を提供していくといっても過言ではないでしょう。
   
次ページへ
  | 1 | 2 | 3 |  
   
 
COPYRIGHT(C)2006 ORANGE RIBBON-NET & THE ANNE FUNDS PROJECT ALL RIGHTS RESERVED.