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引土 絵未(ひきつち えみ)

1976年広島生まれ。
広島県立女子大学(現広島県立大学)卒業後、精神科ソーシャルワーカーとして主にアディクションからの回復支援に携わる。在職中にアメリカの治療共同体に感銘を受け、大学院で治療共同体について学ぶことを決意し、5年半勤務した精神科病院を退職。その後、首都大学東京大学院社会科学研究科社会福祉学専攻博士前期課程修了し、現在、同志社大学社会学研究科社会福祉学専攻博士後期課程にて、アメリカの治療共同体の日本での実現に向けて、現地での研修を重ね勉強中。
 修士論文『「当事者」「援助者」を越えて−治療共同体AMITYにみる援助方法の一考察−』。
 
治療共同体とは何か

治療共同体…
 治療共同体という言葉はあまり日本では聞き慣れない言葉ではないだろうか。
治療共同体はさまざまなモデルで世界中に広がっているため一言で表現するのは難しいが、アメリカでの治療共同体は、セルフヘルプ・グループと専門的な治療が統合された共同体というイメージに近い。
 セルフヘルプ・グループは、さまざまな問題を抱えた当事者たちが自分たちの問題について自分たちで語り、支えあうことにより回復を目指す当事者グループだ。このようなセルフヘルプ・グループの発端とされるのはアメリカで誕生したAA(アルコホリクス・アノニマス)(注1)というアルコール依存症のグループとされている。AAの回復の指針とされる12ステップや伝統は、その他のさまざまな問題を抱える当事者たちに伝えられ、現在では薬物依存症やギャンブル依存症、摂食障害などさまざまなセルフヘルプ・グループが世界中で展開されている。
 
 このようなセルフヘルプ・グループの中で行われる当事者同士の支えあいと、医療機関をはじめとした援助者の専門的な働きかけが統合したものが治療共同体であるが、この統合には様々な工夫が必要となる。
 なぜかというと、援助者はより多くの専門的な知識や技術を持っているので、無意識のうちに当事者との間に上下関係が生まれ、当事者同士の支えあいが失われ、専門的な働きかけが強くなる可能性があるからだ。このような影響を防ぐために、当事者と援助者の対等な関係を第一の目標として目指すための多くの工夫がつくられており、そうして治療共同体は成りたっている。
私は治療共同体との出会いによって、この対等な関係がどれほど大切かということに改めて気づかされた。

治療共同体と出会うまでの厳しい現実
 私と治療共同体との出会いは、精神科ソーシャルワーカーとして働き始めて5年目の頃だった。
特集「子ども時代の私」の中でも語っているが、私はアルコール依存症だった父の自殺をきっかけに、自責感と無償の愛の喪失感から逃れるために、アルコール依存症からの回復支援の仕事を選んでいた。父と同じようにアルコール依存症で亡くなる人を一人でも助けたいというのが私の原動力だった。

 精神科ソーシャルワーカーとして精神科病院で働き始め、アルコール依存症の回復支援プログラムを立ち上げ、無我夢中で取り組んだ。しかし、それは医療機関という組織にとってはあまり歓迎される行為ではなかった。私が入職当時、アルコール依存症の患者さんは他の専門医療機関を紹介する、つまりは受け入れないということが暗黙の了解だった。

 医療機関は制度変遷の波の中で生き残りの時代となっている。そんな状況の中、組織としては、採算のとれる効率的な仕事を職員に望んでいる。アルコール依存症の専門医療機関ではない、一般精神科病院にとって少数派のアルコール依存症者に対するプログラムを実行することは、採算的でも効率的でもない行為だった。しかし現実には入退院を繰り返す古くからの患者さんが存在し、だからこそ、プログラムを立ち上げることが必要だと感じた。
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