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・・続き3

 
 だが、精神状態の悪化するナディアから、裁判所はブラッドレーを分離する判決をくだし、ブラッドレーは里親に引取られる。祖母はトミーの世話と仕事で手一杯で、ブラッドレーを受け入れることができなかった。自分の娘の生んだふたりの男の子たちを一緒に育てられないことの、悔しさとつらさを、祖母は私に何度となく話した。

 児童保護局が長年信頼をおいていたあるサイコロジストがナディアのアセスメントを2度にわたって行った。ナディアの症状のすべてが過去のトラウマ来るPTSDだとサイコロジストは判断したが、それは誤診だった。その結果、彼女は的確な治療のないままブラッドレーを生み、幻覚、幻聴と思われる症状は、いっこうに良くならない。精神科医のアセスメントが必要になった。幸運にも、ワシントン州立大学の著名な医師がナディアと会うことになった。そして、その医師の処方箋で薬剤投与が始まる。  

 薬剤の効能でナディアの精神症状に大きな変化が現れたとき、トミーは6歳、そしてブラッドレーは満1歳になっていた。小学校に進んだトミーは祖母との生活に慣れきっていた。ブラッドレーは若い子どものいない里親の家庭ですくすくと育っていた。母親は、この子たちのために大切な育て親との絆、そして、これからの彼らの安定した未来を考え、みずから親権を放棄することを決める。

 ナディアにその決心を運んだのは、祖母と里親の親密な関係だった。気持ちのおおらかな里親夫婦は、自分たちから率先して、ブラッドレーとトミーを引き合わせようと、ほとんど毎週末、祖母とトミーを自分らの家に招待した。
 そして、ナディアもその輪の中に受け入れようと、家族の集まりに呼んだ。祖母と里親と実母がみんなでこのふたりの男の子を協同で養育していく。これもひとつの“家族のかたち”であることを、このケースは教えてくれる。

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